レイカディア大学 草津キャンパス

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■ 分野:近江の城に学ぶ・近江の埋蔵文化事情 講師:滋賀県立大学名誉教授 中井  均 氏

授 業 日〔場所〕 テ ー マ 概   要
2025/10/14(火)

【午前】
滋賀県埋蔵文化財センター

【午後】
第1教室

   

近江の埋蔵文化事情

【午前校外学習】
・午前は、大津市瀬田にある滋賀県埋蔵文化財センターを見学しました。「近江 陸のみち・湖のみち」の展示では、同センター職員の方から、近江が、畿内と東国を往来する主要な交通路である東山道(中山道)、東海道、北陸道が通る陸上交通要衝の地であり、発掘調査により道路遺構が各所で発見されていることや、琵琶湖を利用した水上交通も活発であり、塩津港の遺跡では荷札木簡などの遺物が多数見つかっていることなどを説明いただきました。また、東近江市永源寺の相谷熊原遺跡で見つかった国内最古級のかわいらしい土偶の複製などの展示物などについても丁寧に説明いだだきました。その後、遺跡から出土した土器の破片を職員の方がつなぎ合わせているところや、つなぎ合わせた土器をトレースされている作業風景のほか、収蔵庫などを見学させていただきました。
・午後は、長寿社会福祉センターにおいて、滋賀県立大学名誉教授の中井均先生から「近江の埋蔵文化事情」についてご講義いただきました。まず、中井先生の自己紹介の後、各学生も順番に自己紹介を行いました。そして、埋蔵文化財とは何か、遺構と遺物などの基本的なことについて説明ただいた後、近江に人がいつ頃住みついたかを琵琶湖の周りの遺跡から発掘された遺物から解き明かし、荒神山古墳、瓢箪山古墳、膳所茶臼山古墳、和邇大塚山古墳が琵琶湖周辺にあることから、琵琶湖を取り巻いて海の王たちが湖上交通を支配していたことなどをユーモアを交えながら教えていただきました。
②勢田橋(1/7模型) ③高野遺跡(栗東市)東海道側溝
出土土器 
④無文銀銭・和銅開珎(複製)
⑥相谷熊原土偶(複製)
(相谷熊原遺跡(東近江市))
⑦レトロ・レトロの展覧会展示 ⑧中井均滋賀県立大名誉教授
講義風景
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2025/10/28(火)


介護実習室
湖国の戦国史と城郭  
・講師の中井均先生から、県内には約1,300ヶ所の城館跡が存在することなど城郭に関する基本的なことを学んだ後、「甲賀の城」、「観音寺城」、「小谷城」、「安土城」、「彦根城」などの特徴について教えていただきました。
 
2025/11/18(火) 
   
【校外学習】
 
甲賀の城の見方、調べ方 

寺前・村雨城跡、新宮・新宮支城跡、和田公方屋敷跡・和田城跡   
・講師の中井均先生の案内で、午前に寺前(じぜん)・村雨(むらさめ)城跡(甲賀市甲南町新治)と新宮・新宮支城跡(同)を、午後に和田公方屋敷跡・和田城跡(甲賀市甲賀町和田)を巡り、甲賀の城の特徴を学びました。
・中世の甲賀では、同名中(どうみょうちゅう)という自治組織によって治められ、近隣の同名中が結びつき、自分たちの土地は自分たちで守るという一揆体制を作り上げ、戦国時代後半には甲賀郡中惣と呼ばれるようになりました。この甲賀郡中惣を組織した土豪・地侍によって、甲賀郡には約300もの城や館が構えられたこと、それらの大半は一辺3~50mの方形単郭の構造であったが、中には8mの大土塁が巡らされているものもあるのが甲賀の城の特徴であると中井先生からまず説明がありました。
・寺前城と村雨城は、新名神甲賀IC近くの丘陵にあり、尾根の最先端に寺前城、その背後に村雨城が尾根つたいに構えられています。村雨城は、厚い大きな土塁が巡らされているのが特徴で、寺前寺城は堀切で背面防御を固めているのが特徴となっており、村雨城と寺前城は独立した城ではなく連続したひとつの城と考えられると中井先生は述べられました。
・新宮城は厚い土塁が巡らされているとともに、尾根を切断する大きな堀切が設けられているのが特徴です。また、新宮支城は高い土塁と大きな堀切で囲まれているのが特徴です。
・甲賀市甲賀町の和田谷には、殿山城、公方屋敷、和田城、公方屋敷支城、和田支城Ⅰ・Ⅱ・Ⅲの7つの城館が築かれています。この和田地域を支配していたのが和田氏で、室町幕府に仕えていた和田惟政(これまさ)は、覚慶(後の足利義昭)を自らの屋敷に匿いましたが、この屋敷が公方屋敷跡と推定されており、和田惟政の供養塔と伝わる五輪塔があります。
・和田城は、和田谷に最奥部にあり、一辺50mの主郭を持ち、高さ7mの土塁や、幅10m、深さ7mの堀切によって敵の侵入を防ぐ造りとなっています。
 ①寺前・村雨城跡  ②寺前・村雨城跡
(村雨城土塁跡)
 ③新宮・新宮支城跡 ④新宮・新宮支城跡 
(新宮城堀切跡)
 
 
 
 ⑤新宮・新宮支城跡
(新宮支城土塁跡)
 ⑥和田公方屋敷跡
(伝和田惟政供養塔)
 ⑦和田城跡 ⑧和田城跡
(土塁跡) 
 
 
 
 
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2025/11/25(火)  【校外学習】

観音寺城の見方、調べ方
・雨が降る中、講師の中井均先生に佐々木六角氏の居城であった観音寺城を案内していただきました。当初のカリキュラムでは、小谷城の予定でしたが、諸般の事情により変更になりました。
・観音正寺の本堂脇の山道から伝本丸、伝平井丸、伝池田丸の順に巡りました。中井先生からは、(1)観音寺城は古くから山岳信仰の山であった繖山の聖地に築かれたこと、(2)石垣によって構えられていることが観音寺城の特徴であり、安土城以前の城郭として画期的なことであるが、矢穴技法も見られ、金剛輪寺などの寺院勢力によって積まれた石垣であること、(3)本丸、平井丸、池田丸では礎石建物があり、山上に六角氏の私邸として利用された居住空間が存在し、山麓には公邸として利用されていた伝御屋形が存在することなどを教えていただきました。
 
 ①観音正寺  ②観音正寺下石垣  ③観音寺城 伝本丸 ④観音寺城 伝本丸虎口
 
 
 
 ⑤観音寺城 伝大夫井戸 ⑥観音寺城 伝平井丸虎口   ⑦観音寺城 伝平井丸見付 ⑧観音寺城 伝池田丸 
 
 
 
 
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 2025/12/2(火)   【校外学習】

岐阜城の見方、調べ方
 ・中世の城づくり、信長の城づくりの変遷を学ぶため、安土城に先立ち岐阜城(岐阜県岐阜市)へ校外学習に行きました。午前は、岐阜公園のぎふ金華山ロープウェー山麓駅から山頂駅に登り、講師の中井均先生の案内で一ノ門跡の巨石、堀切(切通)、二ノ門跡周辺の石垣、下台所、上台所、天守台、裏門の巨石と石垣、本丸井戸跡などを巡りました
・中井先生からは、(1)岐阜城のある金華山(稲葉山)は全山がチャートでできており、石垣はそれを用いたものであること、(2)今は山麓にある伊奈波神社は山頂付近にあったが斎藤道三が稲葉山を居城とするにあたり山麓に移されたことから、観音寺城と同じく岐阜城(元稲葉山城)も聖域につくられたことなどを教えていただきました。
・午後は、ロープウェーで山麓に降り、信長居館跡を中井先生に案内してもらい、(1)チャートの岩盤を借景にした池のある庭や金箔を貼った瓦を飾った居館があったこと、(2)下層の土壌には信長以前の居館跡が残っていることなどを教えていただきました。
①岐阜城
山上部の石垣案内板 
 ②岐阜城
堀切
 ③岐阜城
天守台と上台所を結ぶ通路の石垣
④岐阜城
井戸跡と戦国期の石垣 
 
 
 
 
⑤信長居館跡
庭園跡 
⑥信長居館跡
庭園跡 滝
⑦信長以前の居館跡  ⑧信長居館跡
居館入口 
 
 
 
 
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 2025/12/9(火)   【校外学習】

安土城の見方、調べ方
・近世城郭に多大な影響を与えた信長の城づくりについて学ぶため、講師の中井均先生の案内で安土城跡へ校外学習に行きました。午前は、伝羽柴秀吉邸跡、伝王手道、伝黒金門跡、伝二の丸跡、織田家墓所、信長公本廟、伝本丸跡、天主跡などを巡りながら中井先生に詳しく説明いただきました。また、読売新聞大阪本社大津支局の記者数人が新年特集記事の取材のため中井先生に同行されました。
・天主跡付近で昼食をとった後、摠見寺本堂跡、三重塔、仁王門などを巡って安土山を下山し、山麓の西虎口、本来の王手口だったと考えられる百々橋口(どどばしぐち)を経て、新宮神社、東家住宅、セミナリヨ跡まで城下を中井先生に案内してもらいました。
・各所を巡る中で、中井先生からは、(1)黒金門など大石を使用した見せる城であったこと、(2)その石垣の技術は穴太衆のものでなく、小牧城や岐阜城の巨石を用いた石垣の延長上の技術であったこと、(3)伝羽柴秀吉邸はその規模や立地などから秀吉のような家臣でなくて織田家の親族の屋敷である可能性が高いこと、(4)安土山は当時は琵琶湖に接しており琵琶湖の水上交通を重視した立地であることなど多くのことを教えていただきました。                   
①安土城跡
伝羽柴秀吉邸跡
②安土城跡 
伝王手道跡 
③安土城跡
伝王手道跡 石仏 
 ④安土城跡
伝黒金門跡
 
 
 
 ⑤安土城跡
伝本丸跡
⑥安土城跡
天主跡 
⑦摠見寺 三重塔・本堂跡   ⑧セミナリヨ跡
 
 
 
 
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2025/12/16(火) 【校外学習】

彦根城の見方、調べ方 
・戦国の城づくりの到達点である彦根城の特徴を学ぶため、講師の中井均先生の案内で彦根城へ校外学習に行きました。午前は、二の丸跡に集合し、表門橋から内堀の鉢巻石垣・腰巻石垣を見た後、表御殿(彦根城博物館)近くの登り石垣と竪堀、太鼓丸と鐘の丸の間の堀切、天秤櫓、太鼓門などを巡った後に、本丸、天守を巡り、西の丸の広場で昼食をとりました。
・午後は、西の丸三重櫓、井戸曲輪を通って黒門橋に至り、内堀に沿って二の丸佐和口多聞櫓、馬屋などを見学しました。
・各所を巡る中で、中井先生からは、(1)山城の斜面移動を遮るため、登り石垣と竪堀が設けられている所が5か所あるが、これは秀吉の朝鮮出兵で築かれた倭城の影響であること、(2)太鼓丸と鐘の丸との間にある巨大な堀切は彦根山を切断する堀切であること、(3)天秤櫓の両端の二重櫓から登城道を頭上から攻撃できること、(4)天守は京極高次の大津城天守を移築したものであり、入母屋破風・千鳥破風・唐破風・切妻破風の屋根、最上階の高欄廻り縁など城下より見せるということを意識していること、(5)一方で、天守の内部は簡易な構造で居住施設ではないことなどを教えていただきました。
①彦根城
 内堀の鉢巻石垣・腰巻石垣
②彦根城  鐘の丸から表御門に設けられた登り石垣と竪堀  ③彦根城
 太鼓丸と鐘の丸の間の堀切
④彦根城
天秤櫓
 
 
 
 
 ⑤彦根城
太鼓門
 ⑥彦根城
天守
 ⑦彦根城
天守
 ⑧彦根城
天守石垣 矢穴
 
 
 
 
 ⑨彦根城
西の丸三重櫓
⑩彦根城
井戸曲輪 門跡 
⑪彦根城
井戸曲輪 
 ⑫彦根城
馬屋
 
 
 
 
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 2025/12/23(火) 各自の調査結果の発表・まとめ ・講師の中井均先生から学んだことを踏まえ、クラスの各自がテーマを決めて1人5分ずつパワーポイントなどで発表を行いました。
・発表のテーマは、肥田城跡、生津城跡、太尾山城跡、安土城跡、山崎山城跡、青地城跡・小槻神社、坂本城跡、大津城跡、日賀田城跡、八幡山城跡、膳所城跡、水口城跡、窪江城跡、多喜山城跡、伊庭御殿跡、矢島御所・守山城跡、守山下之郷遺跡、守山伊勢遺跡の県内の城・遺跡のほか、校外学習で行った岐阜城、中には郷里の姫路城や松山城を取り上げたり、また、藤堂高虎の城づくり、近江の城と山の文化、山城における石垣をテーマにした発表もありました。
・発表後、中井先生から講評をいただいたあと、クラス全員の寄せ書き色紙を贈呈しました。
 
 
 
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